天然鮎泳ぐ長良川と生きる 川漁師の挑戦
毎日川に出て舟を操り、小さな変化を見極め、見事魚を獲る川漁師は、誰よりも川を知り尽くす存在。岐阜市の長良川で、今も木の舟を手で漕ぎながら、伝承されてきた漁法を用いて漁をする専業の川漁師、平工顕太郎さんを訪ねました。
<この記事は、(株)岐阜新聞社と岐阜県観光連盟との共同企画で制作しました。>
訪ねた人:平工顕太郎(ひらく・けんたろう)さん
長良川で木造和船を用い、伝統漁法で漁を続ける、65歳以下では唯一の専業川漁師。鮎料理を提供する飲食店や漁船ツアーを運営する「結(ゆい)の舟」代表。2020年「ジャパンアウトドアリーダーズアワード」にて大賞を受賞した。
伝統つないだ 熱く若き川漁師
伝統的なつくりの木造和船に乗って、竹製の棹(さお)や木製の櫂(かい)で漕ぎ、わなや網を使った伝統漁法で魚を獲って暮らす平工さん。
「いつの時代?って思われるような川の暮らしが、今もここにあるんですよ」。
岐阜市に生まれ、小さいころから長良川が遊び場でした。大学で川や魚について学び、卒業後は、徳島県の吉野川でインストラクターをしたり、長良川鵜飼の鵜舟船頭を経験。意を決して自分の舟を持ち、川漁師のスタートを切ったのは27歳のころでした。専業で川漁師をする人は長良川でも数えるほどしかおらず、舟を持って漁をする平工さんの次に若い人は60代です。
長良川の自然サイクルが世界農業遺産に
長良川は日本三大清流ともいわれ、清流の代名詞である鮎が泳ぎます。初夏に鮎漁が解禁すると、全国から鮎釣りファンが集まります。
春にはサツキマス、夏はウナギ、秋にはモクズガニも獲れます。
「昔から豊かな環境で多様な生き物がいる分、このあたりの漁の技術は高い。舟や網一つをとっても、ものすごい知恵が働いているんですよ。それだけ漁への思い入れが強かったんだと思う。その知恵や想いを、次に伝えていきたいというのが僕の願いです」。
長良川は人びとの生活を支える豊かな水源であり、鮎をはじめとする漁業が発達。今も20種類ほどの伝統漁法が伝わっています。そして美濃和紙や関の刃物など、さまざまな伝統工芸を生み出してきました。
人の営みと川の豊かさが循環する「長良川システム」は「清流長良川の鮎」として、世界農業遺産に認定されました。
憧れの大先輩の想いが詰まった道具
平工さんは川漁師として生きる術を、厳しくもあたたかい先輩たちから教わりました。
「川漁師で生きていくのは難しいからやめとけ、とはじめは断られました。あきらめずに頼んで、口伝の漁法を習い、競りの文化を教わった。川を知り尽くした大先輩たちが、ものすごく魅力的でした」。
平工さんが憧れた先輩たちの中には、既に亡くなられた人もいます。そんな先輩たちが残した舟や道具を、平工さんは譲り受けて使っているそうです。
「ものを捨てちゃったら、先輩たちの想いも消えてしまうような気がして」。
舟も漁法も、長良川で生まれた地域の文化
平工さんが乗るのは、「コウヤマキ」という木でできた舟。コウヤマキは扱いやすくて水に強いことが特徴で、舟に優れた材だそう。鵜飼に使われる鵜舟もコウヤマキでできています。しかし、この舟をつくれるのは県内に2人のみになっていました。この伝統を絶やしてはならないと、少しずつ継承への取り組みが始まっています。
2017年には、アメリカ人で和船研究者のダグラス・ブルックスさんが鵜舟の造船技術を記録するために弟子入りしてつくった舟を平工さんが購入しました。
「舟ができると、転覆しないようにという願いを込めて進水直後に3度、舟をひっくり返す『舟かぶせ』という儀式をします。あれはすごく印象に残っていますね。舟づくりも漁法も、長良川とともに生まれ、歩み育った地域の文化です。これを絶やしたくないですね」。
たくましく遡上した最上の天然鮎の味
鮎は1年で一生を終える回遊魚。ふ化して流れ出た海で冬を過ごし、春に長良川へ遡上してきます。放流された鮎は川で育ちますが、遡上してきた天然鮎は長い距離を泳いできたたくましさが体にも顔にも表れているとか。平工さんは、鵜飼で天皇に献上する鮎を獲る御料場付近で、天然鮎を狙います。
「天然鮎と、放流された鮎や養殖鮎では、味も見た目も全然違う」。
鮎が獲れたら、全国からの注文分を整えます。その他にも卸売市場や取引のある板場に持ち込んだり、オンラインでも販売します。新鮮な天然鮎の内臓を熟成させた「うるか」や、晩秋に木桶で鮎と米を30日間発酵させた「なれ鮨」も自身の手で作り、販売します。
鮎たちの声に耳を傾けないと、清流を未来に残せない
平工さんは、近年の長良川の変化に危機感を抱きます。
「堰(せき)やダムができて、鮎の回遊が阻害されています。彼らたちの生息環境もまた、河川工事などの人間の都合で変化。こうして減少した資源は放流などで補うので、消費者の皆さんは鮎の資源量が減っている感覚は全くないと思います。でも“本物”と呼べる鮎の数は確実に減っている。鮎は岐阜の県魚で、岐阜が誇る地域ブランドです。本当に大切な存在なら、彼らの声に私たちがもっと耳を傾けてあげないと、本来あるべき姿の清流を未来に残すことはできないと思います。だから僕は、彼らたちの声を代弁し続けます。天然鮎のおいしさを感じて、一緒に川を守る仲間を増やしたい」。
舟を持つ者だけが知る川の魅力
「『舟持ち漁師はステージが違う』といわれます。単なる技術的な話ではなく、川との向き合い方です。毎日川に出て漁をしていれば、数センチの水位の変動もわかる。ほんの小さな変化でも、魚たちに影響します。そしてそれは、僕らの生活に関わる一大事です。台風や豪雨のときも、僕らは家に帰らずに夜中もずっと舟を見守っている。舟を持つ暮らしは、地球の営みに自分の暮らしを合わせることです。それをし続けることで見えてくる豊かな景色が岐阜にはあります」。
平工さんはそんな思いから、舟に乗って長良川の生態系や伝統漁法などを体感できるツアーを開催しています。
「木の舟なんて古くて不便のように思われるかもしれないけど、実は川に一番適している。軽くて小回りが利き、適度に波を吸収する。自分で棹や櫂を握って舟を動かしたり、魚を食べて、『川って楽しい!』って思ってくれたら」。
舟から見える川の水の輝きや、雄大な風景。ツアーで食べた天然鮎のおいしさを忘れられない人からは、毎年「平工さんの獲った鮎を送ってほしい」と連絡が来るのだとか。
旅のメモ
川漁師・平工顕太郎の長良川体感プラン
長良川の漁舟でめぐる清流プライベートツアー「結の舟(ゆいのふね)」。迫力ある伝統漁法『手投網漁』の実演や、長良川産天然鮎の試食体験もあり、大人から子供まで楽しめます。
8月31日まで、半額キャンペーン実施中!(岐阜県・隣接県及び地域ブロックにお住まいの方限定 )