美濃路 起渡船場石灯台(みのじ おこしとせんじょういしとうだい)

吉例街道!徳川家康凱旋 木曽川の渡し

美濃路の木曽川の渡しを「起の渡し」といい、この石燈台は、濃尾大橋の開通時(昭和31年)に、現在の場所へ移されました。
明和7年(1770年)の「おこし川渡船」と刻まれたこの石燈台は、文学者の龍公美の漢詩が刻まれています。
口碑によると、ある夜、渡船で難儀をした竹鼻出身の力士が、油代として田二反を併せて寄進したとものであるといわれています。


☆「美濃路」は、中山道の垂井宿から、東海道の宮宿(名古屋市熱田)までの約57.5kmの街道。
 徳川家康が、関ヶ原合戦後に凱旋の帰路としてこの路を通ったことから、
 「吉例(きちれい)街道」とも呼ばれ交通量も多く重要な脇街道です。


 ※木曽三川:木曽川・長良川・揖斐川


エリア
岐阜・中濃
羽島市
カテゴリー
歴史を知る

基本情報

住所
岐阜県羽島市新井 木曽川堤防上

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